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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)38号 判決 1997年5月14日

東京都新宿区西新宿2丁目1番1号

原告

シチズン時計株式会社

代表者代表取締役

中島迪男

訴訟代理人弁理士

高宗寛暁

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

野上智司

播博

幸長保次郎

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第12335号事件について、平成5年12月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年4月26日、名称を「NC自動旋盤の刃物台」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をした(特願昭58-73548号)が、平成5年3月22日に拒絶査定を受けたので、同年6月24日、これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第12335号事件として審理したうえ、平成5年12月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月26日、原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項の記載

主軸中心線に直交し且つ互いに直交するXY両軸方向にNC制御されて移動し、主軸中心線の周辺を避けて形成された単一の刃物送り台と、該刃物送り台に設けられ、XY両軸を含む面にほぼ平行で且つ主軸中心線を中心としてほぼ放射状に配置された少なくとも3個の外径から加工する工具を保持する工具ホルダと、所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる駆動制御手段とを有することを特徴とするNC自動旋盤の刃物台。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明の要旨は、特許請求の範囲第1項及び第2項に記載されたとおりであるとし、特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は、実公昭51-10462号(以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例考案」という。)及び日本機械学会誌昭和47年5月号16頁(以下「引用例2」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたもので、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものであり、特許請求の範囲第2項に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものであるとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、引用例1及び2の記載事項の認定、本願第1発明と引用例考案との対比の認定、相違点1及び2についての判断は認めるが、その余は争う。

審決は、相違点3についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、相違点3について、「従来のNC自動旋盤で必要とされていたような、工具交換に際しての刃物台の工具交換点への戻り動作を必要とせず、工具を上記移動経路に沿って直接移動させることが可能となることは、当業者が容易に想到しうることといえる。」(審決書8頁14~18行)と判断しているが、この判断は、本願出願当時の駆動制御手段(方法)の公知例又は技術水準を全く考慮せずに、本願第1発明の相違点3に係る駆動制御手段(方法)が出願当時周知の技術であったと誤認したものであり、誤りである。

2  すなわち、本願第1発明においては、相違点3に係る駆動制御手段につき「工具進入始点位置」の用語を造語し、本願明細書において、「ワーク最大径dよりわずかな距離aだけ離れた位置(すなわち、ワークの中心位置を原点とする座標系の点)」と定義したものである。この「工具進入始点位置」は、ワーク最大直径dと、わずかな距離aを指定することによって、選択された工具に対して自動的に設定される点であり、加工する製品が変わって加工プログラムが変更されても、ワーク最大直径dのみによって定まる移動しない定点である。そして、「工具進入始点位置」を採用することにより、次の加工に使用する工具を選択する際に、選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させることが可能になったものである。

これに対して、特開昭56-114601号公報(甲第6号証)に示されているような従来技術では、加工の終了した工具は、一旦工具原点まで戻り、その後、次の加工に使用する工具を選択して、加工プログラムによって指定されたワークの近傍位置まで前進するものであって、「ワーク最大径dよりわずかな距離aだけ離れた位置」に「工具進入始点位置」を設定するとの考えは全く示されていない。上記公報の例えば第9図のP101で示されている位置は、ワークの近傍位置であり、加工する製品が変わって加工プログラムが変更されると当然変更される位置であり、加工プログラムに座標位置又は工具の移動量として指定しなければならない位置であって、本願発明におけるような、加工する製品が変わって加工プログラムが変更されても、ワーク最大直径dのみによって定まる移動しない定点である「工具進入始点位置」とは異なるものである。

また、本願第1発明において、工具は、早送りで一旦「工具進入始点位置」に到達した後、さらに、早送りで「切削点近傍」まで進み、ここで早送りが終了して切削送りに変更される(甲第7号証2頁4欄28~32行)ものであり、「工具進入始点位置」は、工具が早送りで「切削点近傍」まで移動する際の経由点である。これに対し、特開昭51-128783号公報(乙第1号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭52-147291号公報(乙第2号証、以下「周知例2」という。)に開示されているワークに接近した点は、工具の早送りが終了して切削送りを開始する点であって、本願第1発明における「切削点近傍」に相当するものであり、「工具進入始点位置」とは明らかに異なる点である。

さらに、本願第1発明は、「工具進入始点位置」を設定することによって、本願第1発明の目的である「バイト選択時の非切削時間を極力小さくし、且つNC制御される軸を最小にする」(甲第7号証2頁3欄10~12行)ことを達成したものである。すなわち、NC自動旋盤の刃物台においては、数値制御によって刃物送り台(工具)を移動させるときには、移動の開始点(現在位置)と目標点又は移動経路を指定しなければならないが、特許請求の範囲第1項に記載されているような構成の刃物台において、本願明細書に記載されている(甲第7号証2頁4欄32~35行)ように、移動の開始点は、切削作業が終了して工具進入始点位置までバイトが後退したときの次に選択されたバイト(工具)の現在位置であり、目標点が「次に選択された工具の工具進入始点位置」であるから、移動の開始点から目標点である「工具進入始点位置」に向かって最短時間で到達するよう、任意の経路を通りかつ工具とワークの干渉がないように工具を直接移動させることができるものである。

なお、本願の特許請求の範囲第1項には、「切削点近傍」についての記載はないが、ワークの外表面から若干離れた位置まで工具を早送りし、その後に切削送りを与えて切削加工を行なうことは、技術常識に属することは被告も認めるところであり、本願第1発明においても、「工具進入始点位置」を経由した後は、従来技術と同様に「切削点近傍」まで早送りで移動し、「切削点近傍」で切削送りとなって切削加工を行なう構成となっているので、新規な構成要件である「工具進入始点位置」のみを、特許請求の範囲第1項に記載したものであって、単に技術常識である「切削点近傍」以下の構成の記載を省略したにすぎない。

以上のとおり、審決は、本願第1発明の「工具進入始点位置」の用語が新規な概念であるにもかかわらず、周知の技術の「切削点近傍」(切削送り開始点)であると誤認した結果、進歩性の判断を誤ったものである。

第4  被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。

1  本願明細書の「工具進入始点位置は、バイトの主軸中心に向つて進入する送り方向に沿い、ワーク最大径dよりわずかな距離aだけ離れた位置に設定されており」(甲第7号証2頁4欄19~22行)との記載からみて、「工具進入始点位置」とはバイトの送り方向に沿いワークの外表面から若干離れた位置であると解されるところ、このようなワークの外表面から若干離れた位置まで工具を早送りし、その後に切削送りを与えて切削加工を行うことは、技術常識に属することである(周知例1及び2参照)。そして、本願第1発明において、「工具進入始点位置」がワーク最大直径dと、わずかな距離aを指定することによって、選択された工具に対して自動的に設定される点であり、加工する製品が変わって加工プログラムが変更されても、ワーク最大直径dのみによって定まる移動しない定点であるとの点も、周知例1に開示されている。したがって、「工具進入始点位置」は新規な概念ではない。

2  原告は、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載を根拠として、周知例1及び2に開示された切削送り開始点と本願第1発明における「工具進入始点位置」とは明らかに異なる点(位置)であると主張するが、本願の特許請求の範囲第1項には、「切削点近傍」に関する記載はなく、本願明細書の発明の詳細な説明の項の「工具進入始点位置」についての定義的説明の記載(甲第7号証2頁4欄19~22行、3頁5欄23~26行)からみて、本願第1発明の「次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる」とは、ワーク最大直径dよりわずかな距離aだけ離れた位置まで、次に選択された工具を最短時間で直接移動させることを意味するに止まり、周知例1及び2に開示されているところの、工具の送りに際して切削送り開始点まで早送りさせることと変わるところがない。

さらに、「工具進入始点位置」とは、本願の特許請求の範囲第1項の「工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる」との記載から明らかなように、最短時間での移動の目標点であり、一方、「最短時間で到達するように直接移動させる」とは工具を移動させる経路に関する記載であるから、「工具進入始点位置」を定めることが必然的に最短時間での直接移動を可能にするとはいえない。

なお、特許請求の範囲に記載されていない事項は、技術常識に属する事項であっても、発明の構成に欠くことができない事項といえないことは、特許法36条5項(昭和60年法律第41号による改正前のもの)から明らかである。

以上によれば、審決の相違点3についての判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願第1発明と引用例考案とが、審決認定のとおり、「本願第1発明においては、所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させるべく駆動制御されるのに対し、引用例1のものにおいては加工手順に伴う工具の移動をどのように制御するかについては何ら記載されていない点」で相違すること(審決書5頁13~20行)は、当事者間に争いがない。

この相違点に係る本願第1発明の「所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる駆動制御手段を有する」との構成に関し、本願明細書(甲第2、第3、第7~第13号証)の発明の詳細な説明には、「本発明は・・・複数個のバイトを有する旋盤においてバイト選択時の非切削時間を極力小さくし、且つNC制御される軸を最小にする刃物台の構成を提供しようとするものである。」(甲第7号証3欄9~13行)、「工具進入始点位置は、バイトの主軸中心に向つて進入する送り方向に沿い、ワーク最大径dよりわずかな距離aだけ離れた位置に設定されており、本実施例では、主軸中心線を原点とする上下及び左右の直交座標の座標軸上に設けられている。」(同号証4欄19~24行)、「第3図にバイト21eの移動経路のいくつかが示されているように、どの経路を通つても他のバイト相互間又はワークとバイトとの間に干渉することは全くなく、最短の時間で到達するように設定することができる。」(同4欄36~40行)、「工具進入始点位置は、前述した如く、工具の進入経路に沿い、主軸中心線から(d/2+a)だけ離れた点であり、それぞれの工具に対して定まつた点であつて、工具が選択されることによつてNC装置によつて自動的に、或いはプログラム上で定点として処理すれば良いので、干渉防止のためにNC装置又はプログラムが複雑になることもない。」(同5欄23~30行)と記載されている。これらの記載によれば、本願第1発明は、工具選択時の非切削時間を極力小さくするとともに、そのためのNC制御をできるだけ複雑にせずに相互の干渉を防止することを技術課題としており、「工具進入始点位置」は、この課題達成のために、それぞれの工具に対して定まった点として、ワーク最大径よりわずかに離れた位置に設けられるものと理解することができる。

一方、周知例1(乙第1号証)には、数値制御される工作機械に係る発明について、「この発明は素形材切削加工における従来の上記の様なエヤカツト時間をできるだけ短くし、加工時間の大幅短縮を図つたもので、・・・」(同号証3欄2~4行)、「ここで重要なことは工具の切削送り開始点(A)を決めることである。即ち、工具の現在位置から目的の加工位置に到達するまでの間、エヤカツト時間を少くするために早送りで移動させる。・・・形状が連続設定のときには、工具の切削送り開始点(A)として、そのX方向の位置は、第2段目即ち次段のX方向設定寸法D1を読みとらせ、かつこのD1に取代lの2倍の寸法2lと、2αを加えた位置即ちD1+2l+2αとする。このαは従来からこの種の機械技術者が経験則上設定している量であつて、例えば0.2mm程度の量であり、このαはこの発明では工具の駆動制御装置に固定値として記憶せしめている。・・・形状が不連続設定の場合は(A)点のX方向の位置は、工具の安全性を考慮してすべて素形材の最大外径寸法D0と2αとを加えた値の位置としている。」(同号証7欄19行~9欄6行)と、周知例2(乙第2号証)には、数値制御される切削工作機械に係る発明について、「本発明は工具を工作物に向つて相対的に早送りした後に切削送りする制御方法に関するもので、切削送り量を必要最小限に抑えて加工時間の短縮を計ることである。従来、工具を工作物に向つて早送りした後に切削送りして加工を行うものにおいては、工作物の上面がバラツキにより最も工具側に偏つた場合を想定し、この上面より適宜クリアランスを置いた位置で工具を早送りから切削送りに切換えるようにしている・・・」(同号証1頁左下欄17行~右下欄6行)と、それぞれ記載されている。これらの記載によれば、周知例1及び2には、数値制御される切削工作機械において、切削加工時間の短縮のために、ワーク(加工物)の外表面から若干離れた位置を数値設定し、その位置まで工具を早送りした後に切削送りして加工することが開示されているものと認められる。特に、周知例1には、ワークの加工形状が不連続の場合、工具の安全性、すなわち工具と加工物との干渉のおそれを考慮して、加工物の最大外径寸法から若干離れた位置に工具の切削送り開始のための定点を設けることが明示されている。

そうすると、数値制御される切削工作機械において、切削加工時間の短縮のために、ワーク(加工物)の外表面から若干離れた位置を数値設定し、その位置まで工具を早送りするように駆動制御することは、周知の技術常識と認められる。

2  原告は、周知例1及び2に開示されたワークの外表面から一定の距離を置く位置は、いわゆる「切削点近傍」であり、ワークの加工形状に応じて適宜変更設定される加工面と接近した位置であるのに対し、本願第1発明の「工具進入始点位置」は、新規の技術概念であって、ワーク最大外径に応じてプログラム上の定点として設定された位置であり、必ずしも加工面と接近しているとは限らないし、前者が、工具を早送りから加工のための切削送りに速度を変更する位置であるのに対し、後者は、工具の早送りの目標となるとともに切削点近傍までの早送りの経由点である点でも相違するから、両者は異なる技術概念である旨主張する。

しかし、前示本願の特許請求の範囲第1項には、「工具進入始点位置」について、「所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる」との記載があるのみである。この記載によれば、本願第1発明の「工具進入始点位置」が、前加工の終了後、次の加工に使用する工具を所定の後退位置から最短時間で到達するように直接移動させるための目標位置であることが規定されているのみであり、切削点近傍までの早送りの経由点であることを示す記載はない。したがって、それが、従来から知られた技術概念として原告が主張する「切削点近傍」、すなわち、周知例1及び2で説明されているところの、工具の現在位置から目的の加工位置に到達するまでの間、無駄な時間を少なくするため早送りで移動させるための目標である「工具の切削送り開始点」、「工作物の上面より適宜クリアランスを置いた位置」と、異なる技術的意義を持つものであると理解することはできない。

確かに、本願明細書の発明の詳細な説明には、選択されたバイトが工具進入始点位置に早送りで送られ、次いで切削点近傍まで早送りで接近し、切削点近傍からは切削送りとなって所定の加工寸法まで送られる旨の記載がある(甲第7号証2頁4欄24~32行)が、これは本願第1発明の刃物台を装置したNC旋盤の1実施例(同2頁3欄15~16行)に係るものにすぎず、切削点近傍までの早送りの経由点であることを規定していない本願第1発明の「工具進入始点位置」を前記実施例の記載に限定して解釈すべき理由はない。

また、原告主張の本願第1発明の「工具進入始点位置」は、ワーク最大外径に応じてプログラム上の定点として設定された位置であるとの点は、周知例1にも、前示のとおり、工具の安全性を考慮して、加工物(ワーク)の最大外径寸法から若干離れた位置に工具の切削送り開始のための定点を設けることが明示されており、このような定点を設けることにより、工具と加工物の干渉がないように工具を移動させるという本願第1発明と同様の効果が達成できるものであることは明らかである。したがって、この点からも、本願第1発明の「工具進入始点位置」が周知技術における「切削点近傍」と相違するものということはできない。

そうである以上、相違点3に係る本願第1発明の構成は周知技術と異ならないものといわなければならないから、これを引用例考案に適用して本願第1発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できることと認められ、これと同旨の相違点3についての審決の判断は正当である。

仮に、原告主張のように、本願第1発明における「工具進入始点位置」との用語が周知技術における「切削点近傍」と異なる技術内容を持った新規な概念であるならば、その新規な技術内容を特許請求の範囲に規定してはじめて、本願第1発明が進歩性のある発明と評価されるのであって、本願の特許請求の範囲第1項の記載に基づく限り、そのように評価できないことは、前示説示のとおりである。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 清水節 裁判官芝田俊文は、転官のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成5年審判第12335号

審決

東京都新宿区西新宿2丁目1番1号

請求人 シチズン時計株式会社

昭和58年特許願第73548号「NC自動旋盤の刃物台」拒絶査定に対する審判事件(平成2年11月26日出願公告、特公平2-55161)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和58年4月26日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後に補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第2項に記載されたとおりの「NC自動旋盤の刃物台」にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下本願第1発明という)は次のとおりである。

「主軸中心線に直交し且つ互いに直交するXY両軸方向にNC制御されて移動し、主軸中心線の周辺を避けて形成された単一の刃物送り台と、該刃物送り台に設けられ、XY両軸を含む面にほぼ平行で旦つ主軸中心線を中心としてほぼ放射状に配置された少なくとも3個の外径から加工する工具を保持する工具ホルダと、所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させる駆動制御手段とを有することを特微とするNC自動旋盤の刃物台。」

Ⅱ.引用例

これに対して、原審において平成4年7月10日付けで通知した「その後発見した拒絶の理由」に引用された実公昭51-10462号公報(以下引用例1という)には、

多軸数値制御自動旋盤であって、被加工物の軸方向と直交し旦つ互いに直交するXY両軸方向に数値制御されて移動する滑動台が設けられ、該滑動台には主軸中心線を中心として複数の刃具をほぼ放射状に装着した副刃物台が固着されてなるものが記載され、また刃具は被加工物の形状等により選択された形状を有すること及び図示実施例では1個の副刃物台につき3個の刃具を備えたものが示されているけれども、これに限らず1個以上の何個でも良い旨説明されている。

同じく引用された、日本機械学会誌第75巻第640号昭和47年5月号第16頁(以下引用例2という)には、

数値制御多軸自動盤において、被加工物の軸方向と直交し且つ互いに直交する2軸方向に数値制御されて移動する工具ホルダに、外径から加工する工具を上記2軸を含む面にほぼ平行に配設したものが記載されている。

Ⅲ.対比

本願第1発明と上記引用例1に記載されたものとを対比すると、引用例1に記載されたものの「数値制御自動旋盤」、「数値制御」、「滑動台」、「副刃物台」、「刃具」は、それぞれ本願第1発明の「NC自動旋盤」、「NC制御」、「刃物送り台」、「工具ホルダ」、「工具」に相当し、また工具の数については引用例においては1個以上の何個でも良いと記載されていて、本願第1発明における「少なくとも3個」とした点を含むものであるから両者は、

主軸中心線に直交し且つ互いに直交するXY両軸方向にNC制御されて移動する単一の刃物送り台と、該刃物送り台に設けられXY両軸を含む面に主軸中心線を中心としてほぼ放射状に配置された少なくとも3個の工具を保持する工具ホルダと、を有するNC自動旋盤の刃物台、

である点において一致し、

1. 本願第1発明においては刃物送り台が主軸中心線の周辺を避けて形成されているのに対し、引用例1のものはこのような構成となっていない点、

2. 本願第1発明における工具はXY両軸を含む面にほぼ平行に配置され、外径から加工するものであるのに対し、引用例1に使用される工具は主軸中心線方向に配置され、加工が外径から行われるかどうかについては判然としない点。

3. 本願第1発明においては、所定の工具による加工の終了後その工具の所定の後退位置から次に選択された工具の工具進入始点位置に最短時間で到達するように直接移動させるべく駆動制御されるのに対し、引用例1のものにおいては加工手順に伴う工具の移動をどのように制御するかについては何ら記載されていない点、

で相違する。

Ⅳ.当審の判断

上記相違点につき倹討する。

相違点1について

明細書及び図面の記載全体を参酌すれば、本願第1発明において刃物送り台が主軸中心線の周辺を避けて形成されているのは、主軸に支持された被加工物である棒材が加工に際して刃物送り台と干渉するのを防止するためであると解される。一方引用例1に記載された装置を用いて棒材の加工を行おうとした時、軸方向長さの短い物品を加工するのであれば、被加工材先端が工具支持体と衝接することはないが、被加工材の加工部位(工具刃先との当接部位)から先の部分が相当程度長い形状の物品を加工する場合には、被加工材先端と副刃物台等の工具支持体との干渉が生じてしまうことは当業者が容易に認識しうることである。そしてそのような場合に工具支持体にこの干渉を避けるための逃げを設けることは、当業者が容易に想到可能なこととみられる。従って本願第1発明において相違点1に示す構成を採ることは、当業者が必要に応じて容易になしえたことというべきである。

相違点2について

NC自動旋盤において、主軸中心線に直交する面にほぼ平行に配置された工具が被加工物をその外径から加工するようにしてなるものは引用例2に記載されている(引用例2のものにおける「数値制御自動盤」は本願第1発明における「NC自動旋盤」に相当することは明かである。)。この工具構成を、同じくNC自動旋盤である引用例1のものの工具に適用することは容易である。

相違点3について

引用例1のものでは複数の工具が工具ホルダに固着され、これら複数の工具は工具ホルダと共に一体に駆動されるようになっている。このものにおいて複数の工具を順次に使用して各工具により別個の加工を行う場合、これらの工具は使用順に従って前加工が終了するのを待って、次の工具をその工具進入始点位置へと移動させる必要があることになるが、各工具はその相対位置関係が定まっているのであるから、ある工具についての位置が決まれば他の工具位置も自ずと定まってしまうものである。それ故前加工が終了してそれに用いた工具が所定の後退位置に後退移動してきたとき、次加工に用いる工具がその工具進入始点位置に移動するために必要な経路は、前加工に用いた工具が上記後退位置に到達した時に次加工に用いる工具が在った位置から次加工のための工具進入始点位置を結ぶ線とほぼ一致すると考えられる。その際各工具は主軸中心線を中心としてほぼ放射状に配置されておりしかも各工具は一体となって動くのであるから、この移動経路上に他の工具等格別の障害物が存在しないことは明瞭であり、従って従来のNC自動旋盤で必要とされていたような、工具交換に際しての刃物台の工具交換点への戻り動作を必要とせず、工具を上記移動経路に沿って直接移動させることが可能となることは、当業者が容易に想到しうることといえる。それ故工具の移動を相違点3に示すように駆動制御することも容易というほかはない。

Ⅴ.むすび

従って、本願第1発明は、上記引用例1および2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許請求の範囲の第2項に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年12月10日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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